Our Treatment 当院の最新治療

胚凍結に用いる新しい凍結・融解液

当院で開発した
新たな凍結・融解液をご紹介します!

今から20年以上前に当院で開発されたガラス化法による凍結・融解液は、北里コーポレーションにより製品化され今では全国の約500の不妊治療施設で、患者様の胚・卵子を凍結保存するために使用されております。

当院では更なる成績向上に向けて、様々な製品改良の研究を継続的に行っております。そしてこのたび、着床率や妊娠率を向上させる“脂肪酸添加融解液”の開発に成功し、リニューアル製品として新発売されましたのでご紹介します。

開発背景

不妊治療における凍結技術の普及が分娩数の増加に大きく寄与し、今や凍結保存は治療に欠かせないものとなっています。しかしながら凍結・融解の過程において、胚が少なからずダメージを受けていることも事実です。その原因は凍結により生じるエネルギー源の減少ではないかと私たちは考え、失われたエネルギー源の回復についての研究を重ねてきました。

凍結融解の課題と解決に向けて

胚の凍結・融解における最大の課題は、融解後の胚や卵子の発生成績が低下することです。要因としては、細胞内小器官や細胞骨格の機能低下、分布変化などさまざまな報告がされています。凍結方法や使用する溶液は日夜研究・開発が行われていますが、発生能を向上させる具体的な打開策はまだ見つかっていませんでした。
そこで我々は今までとは違う目線で融解後の発生率に影響する因子を探索しました。多くの基礎実験を繰り返す中で凍結融解処理により細胞内の代謝が変化していることを見出し、その情報をもとに新たな凍結融解液を開発することを試みました。

脂肪酸添加融解液の開発

脂肪酸とは?

卵子にはアミノ酸、脂質、糖、ビタミンなどの栄養素が含まれています。その栄養素の一つ、脂質は脂肪酸から作られます。脂肪酸と聞くと「あぶら?」「健康によくなさそう」などあまり良くないイメージを持つかもしれません。ですが卵子にとって脂肪酸は、成長するために必要不可欠なエネルギー源の一つです。
卵子が精子と出会って胚となりますが、その後の成長・着床には多くのエネルギーが必要となるため、脂肪酸は成長過程で大きな役割を担っています。

凍結

卵子や胚の凍結には専用の凍結液を使用します。凍結液と細胞の浸透圧差を利用し、細胞内の水分を抜いていきます。それと同時に、凍結による影響から守ってくれる物質(凍結保護物質)を細胞質内に浸透させます。その後-196℃の液体窒素が入ったタンクに凍結保存します。保存は半永久的に可能です。

凍結保護物質の役割

卵子や胚の細胞は、大部分が水分で構成されています。水は氷になると体積が増加するため、そのまま凍結すると細胞膜や細胞内小器官が損傷してしまいます。この損傷から守るために、凍結液には凍結保護物質(Cryoprotectant agents: CPA)というものが添加されています。CPAは0℃以下になっても体積の増加がないため、細胞内外の水分をできる限りCPAに置き換えてから凍結することが重要です。

融解

こちらも専用の複数の融解液を使用して、段階的に卵子や胚を元の状態に戻します。この過程で凍結保護物質を細胞質から排出し、抜けていた水分を戻します。

凍結融解の影響

凍結には欠かせない凍結保護物質ですが、一方で脂肪を溶解させる性質をもっています。
実際に融解後の胚の細胞質内脂肪を測定したところ、脂肪の量が減少していました。
エネルギー源である脂肪の減少は目に見えないダメージとなり、その後の胚の成長に影響をおよぼす可能性が考えられます。

脂肪の減少

当院で使用している凍結液にはCPAとしてエチレングリコール、ジメチルスルホキシド(DMSO)が含まれています。この内、DMSOには脂肪を溶解させてしまう性質があります。前述のとおり、細胞内の脂肪はエネルギー貯蔵庫として働き、胚発生過程でも重要な役割を担っています。胚が成長する際、エネルギーが必要になると脂肪が必要に応じて脂肪酸に分解されエネルギーとして利用されます。
我々は、凍結の過程で脂肪がDMSOに溶解し、細胞外へ流出しているのではないかと考えました。

実際にマウス卵子内の脂肪量を測定してみた結果です(図1)。凍結融解を行った卵子では脂肪の塊が減ってしまっていることがわかります。この脂肪量の減少がその後の発生に影響を与えていると考えられます。

図1 卵子内脂肪塊の染色像
染色液(NileRed)により脂肪を染色し、蛍光顕微鏡で撮影(赤く粒状に見えるのが脂肪塊)

そこで脂肪酸を添加した新しい融解液を開発!

失われたエネルギー(脂肪)を補うことで卵子や胚のダメージを改善できるのではないかと我々は考え、マウスやウシの卵子や胚を用いて実験を行いました。その結果、融解液へ脂肪酸を添加することで、胚の細胞質内の脂肪量の増加が確認され、胚盤胞への発生率も向上しました。

マウス、ウシ胚での実験

最初に、脂肪酸の最適添加濃度と添加時期についてマウス卵子を用いて調べました。その結果、脂肪酸混合液を1%の濃度で融解液に添加することで、卵子の融解後の脂肪量が回復することが明らかとなりました(図2)。また、融解液への脂肪酸添加により受精後の胚盤胞発生率は有意に向上しました(脂肪酸無添加群50%、脂肪酸添加群60%)。
そして、脂肪酸の代謝に関わる遺伝子の発現量を解析した結果、脂肪酸添加群の胚では無添加群と比較して有意に発現量が向上したことより、脂肪酸を添加することにより細胞の脂質代謝が活性化していることが明らかとなりました。
さらに、脂肪酸添加により仔への発生成績が向上すること、ならびに脂肪酸添加は生まれた仔の健常性や繁殖能力に影響しないことを明らかにしました。

図2 相対的な平均蛍光レベル(画像解析ソフトで蛍光の強度を数値化)

ヒト胚はマウス胚よりも大きいですが、胚が大きくなると凍結融解は難しくなります。このことから大きい胚においても効果があるのかを検討する必要があるため、我々は胚の大きさがヒトに近いウシ胚を用いて実験を行いました。凍結融解したウシ4細胞期胚を培養した結果、胚盤胞への発生率は有意に向上しました(脂肪酸無添加群54%、脂肪酸添加群65%)。このことから、脂肪酸は大きい胚や受精後の胚の凍結融解にも有用であることがわかりました。

次に、この脂肪酸添加融解液がヒトの胚においても有効なのかを確かめる実験を行いました。
研究への利用に同意が得られたヒトの凍結分割期胚(受精後2日目の胚)を脂肪酸添加融解液により融解し、その後胚盤胞まで培養しました。その結果、脂肪酸添加群では無添加群と比較して、良好胚盤胞の発生率が有意に高くなりました。

ヒト胚での実験

臨床応用するためには胚盤胞以降の発生についても検討する必要があります。そこで胚盤胞の着床能を評価するために、アウトグロース試験を行いました。この試験は、表面に特殊な処理を施した培養ディッシュで胚盤胞を培養し、培養ディッシュに疑似着床させる試験です。胚盤胞は疑似着床すると細胞が平面的に増殖します(図3)。96時間後の増殖面積を比較した結果、脂肪酸添加群で有意に面積が大きい結果となりました(図4)。

図3 疑似着床後に細胞が増殖した胚盤胞

図4 アウトグロース培養96時間後の細胞増殖面積

ヒトでの臨床試験

これらの研究成果を受けて、当院は株式会社北里コーポレーションと新規融解液(VT-526)を共同開発し製品化しました。新規融解液を使用して分割期胚移植をした結果、着床率、臨床妊娠率、妊娠継続率が有意に向上しました。

分割期胚移植後のhCG値が20mIU/mL以上で着床、胎嚢が確認できれば妊娠、胎児の心拍が確認できれば妊娠継続としました。

以上のことから、脂肪酸が添加された新規融解液は、凍結した卵子や胚を用いる周期の治療成績向上の一助になることが期待できます。これらの成果は下記論文にて発表いたしました。

本研究に関する原著論文
Effects of fatty acid supplementation during vitrification and warming on the developmental competence of mouse, bovine and human oocytes and embryos.
Ohata K, Ezoe K, Miki T, Kouraba S, Fujiwara N, Yabuuchi A, Kobayashi T, Kato K.
Reproductive Biomedicine Online. 2021; 43: 14-25.

Fatty acid supplementation into warming solutions improves pregnancy outcomes after single vitrified-warmed cleavage stage embryo transfers.
Amagai A, Ezoe K, Miki T, Shimazaki K, Okimura T, Kato K.
Reproductive Medicine and Biology. 2023; 22: e12517.

当院で開発したこの新しい融解液が、より多くの患者様の幸せにつながることを心より願っております。