Incubation Room 培養室のご案内

コラム

体外受精(C-IVF)と顕微授精(ICSI)について

採精した精液から良好なものを集め、調整した精子を培養液中で卵子と出会わせる(受精させる)ことを媒精といいます。
媒精には卵子に一定量の精子をふりかけ自然に受精するのを待つ「体外受精(C-IVF:conventional IVF)」と、培養士が選んだ1個の精子を極細の針で卵子内に直接注入する「顕微授精(ICSI:intracytoplasmic sperm injection)」があります。顕微授精には通常の針を使う方法の他に、先端が平らな針を使うピエゾICSIという特殊な方法を行うこともあります。

体外受精 顕微授精
メリット
  • 顕微授精に比べ自然に近いかたちで受精できる
  • 卵子への刺激が最小限である
  • 体外受精では受精しづらいケースでも受精率が上がる
  • 精子の形態が良好なものを高倍率で観察し選ぶことができる
  • 受精率が体外受精より安定して高めである
デメリット
  • 精子が2匹以上入る多精子受精が起こる可能性がある
  • 精子が入らない可能性がある
  • 体外受精より人工的な方法になる
  • 針の刺激により卵子が変性することがある
  • 顕微授精料金がかかる

当院の受精率は体外受精75-85%、顕微授精85%-90%程となっております。

※ 体外受精では受精しづらいケースとは?
  • 精子の濃度が低い
  • 奇形精子が目立つ
  • 透明帯に構造異常が見られる
  • 通常の体外受精で不受精が続く
  • 通常の体外受精で多精子受精になりやすい

などのケースです。このような場合、顕微授精を行うことで正常受精率の向上が期待できます。

体外受精と顕微受精: ※※ピエゾICSIの針 先端が平らになっている

正常受精と異常受精

受精の種類には正常受精の他に、培養を続けることができない受精の仕方=異常受精があります。受精は卵の中に透けて見える核を観察して判断しています。
精子、卵子由来の核がそれぞれ1個ずつ、合計2個見えたときが正常受精(2PN)となり、それ以外のとき(例えば3個や1個のとき)は異常受精となります。
異常受精になった場合、染色体数の異常が考えられ赤ちゃんへの発育が望めないため培養を中止します(中には正常な染色体数を持つ受精卵である可能性もありますが、ほぼすべての卵は染色体数異常の受精卵であるため、基本的には当院では移植は行っておりません)。

核が3個見える状態(3PN)

体外受精の場合は、2個以上の精子が卵子の中に侵入して受精してしまう多精子受精の可能性が考えられます。また、受精反応の際、第二極体の放出がうまく行われなかったことなども考えられます。本来であれば精子が1個受精したあとはそれ以上精子が入らないように卵子の反応がありますが、それがうまくいかずに、精子が同時に2個入ってしまった時などに起こります。

核が1個見える状態(1PN)

精子が卵子の中に入っても、何らかの原因でどちらかがうまく核を作れなかった可能性があります。または、精子が入っていないのに卵子だけで核を作ってしまう単為発生という現象の可能性もあります。どちらも正常な染色体セットを持っていないため、発生が進むことはありません。例外的に、最初は核が2個見えていたものが融合して1個になるケースがあります。この場合の染色体セットは2PNと同じと考えられるので、タイムラプスの動画できちんと確認したうえで培養を継続します。

正常受精と異常受精

受精しなかった卵とは?

当院で体外受精を行うときは、精子の運動率等が基準を満たしているものを対象として行っていますが、それでも受精の反応が起きない(第二極体が出ない、核が見えない)卵子があります。原因として第一に、精子が卵子の中に入らなかったことが考えられます。
その時はレスキューICSIでカバーすることができますが、体外受精で受精しないケースが何度か続く場合は何らかの受精障害が考えられるため、以降は顕微授精が推奨されます。
体外受精で受精の見込みがあるかどうかは、自然妊娠歴や以前の治療結果などを参考にして判断していますが、実際に体外受精をして受精結果を見てみないと正確にはわかりません。
また、顕微授精を行っても受精反応が起こらないことがあります。卵子に精子は入っているのですが、残念ながらうまく受精の反応を起こすことが出来なかったケースです。卵子の質は一つ一つ違うので一定確率で受精しない卵子が出てくることはありますが、顕微授精での不受精が続く場合、受精反応の機序が一部欠けている可能性が考えられます。この場合、カルシウムイオノフォアや電気刺激などの卵子活性化処理を施すことがあります。

受精しなかった卵

レスキューICSIとは?

体外受精で受精しなかった卵子に対し、当日中に顕微授精を追加で行う方法です。
体外受精の場合、受精しない原因の一つとして、精子が透明帯を破って卵子の中に入れなかったことが考えられます。顕微授精では針を使って精子を卵細胞質内に確実に注入するため、精子が卵子の中に入れないといった原因を回避することができます。
体外受精を行った卵子に精子の侵入があったかどうかを数時間後にチェックし、受精兆候が見られなかった(第二極体が放出されていなかった)場合さらに時間をおいて経過観察し、それでも状態の変化が見られなかった際は、精子が卵子に侵入していないと判断して顕微授精を追加で行います。
そのため採卵時間によってはレスキューICSIが行えない場合もあります。
時間の経過による卵子の質の低下で異常受精になることもありますが、受精率や発生率は通常の顕微授精とほとんど差はないため、当院では積極的にレスキューICSIを取り入れています。

レスキューICSIとは

バーコードによる取り違い防止対策

卵子は、患者様ごとに培養液で満たされているシャーレの中で培養されています。
シャーレには蓋と底にシールが貼られており、患者様の名前とカルテ番号、バーコードが印刷されていますので、バーコードをスキャンして照合が完了しないと次の作業ができないようになっています。精子と卵子を合わせる際もそれぞれのバーコードをセットで読み込み、ご夫婦であると確認してからでないと作業できないようになっています。
操作する本人以外に同席するチェック者がシールの名前と番号を目視で確認し、システムと人によるトリプルチェックを行うシステムを導入して厳重なチェックを入れることにより、患者様の卵子や精子の取り違いを防いでいますので、ご安心ください。

バーコードによる取り違い防止対策

卵子の成熟度について

採卵で採れる卵子には成熟卵(MⅡ期)と未成熟卵(MI期、GV期)があります。

卵子の成熟度について

採卵は成熟卵子が採れるタイミングを狙って行っていますが、主席卵胞以外からも採卵を行ったり、小さめの卵胞から採れた卵子は成長が追い付いていないことがあるので、未成熟な卵子が採れることもあります。その場合はインキュベーターで半日ほど培養を続け、成熟するのを待ちます。卵子の状態にもよりますが、おおむね半分以上の卵子は時間経過とともに成熟が見られてきます(ある程度培養を続けても成熟が見られない場合、培養は中止となります)。
未成熟卵子が体外培養で成熟した場合、通常の体外受精ではかなり受精率が低下するリスクがあるため、受精のタイミングを調節できる顕微授精をお勧めしています。当院では、成熟度合いを一つ一つチェックして、卵子に合わせた最適な受精方法を提案いたします。

卵の殻がない卵?

採卵で卵胞液を吸引する際に、卵の透明帯(卵を覆っている殻)が弱かったりすると、採卵針の中を移動している間に透明帯が破れてしまうことがあります。中身の卵細胞が壊れず綺麗に残っていれば培養継続が可能ですが、半分にちぎれてしまったり、刺激により変性してしまったりすると、培養継続は難しくなります。
透明帯は卵子の中に精子が2個以上入るのを防ぐ働きをしているため、透明帯が壊れた卵子に体外受精を行うと多精子受精になってしまいます。そのため、このような卵子には人工的に1個だけ精子を注入する顕微授精が適しています。透明帯に守られていない卵子は通常よりもデリケートなため、受精過程で若干変性しやすいですが、正常に受精すればその後の発生率は通常と変わりません。

卵の殻がない卵?

胚盤胞になっても凍結できないことがある?

胚盤胞で凍結できる胚は、ある程度細胞が増えて大きくなったものです。赤ちゃんになる可能性があると判断した胚のみを凍結しているため、胚盤胞になりたてのもの、細胞の状態が良くないもの、細胞の数が極端に少ないものなどを無理に凍結することはありません。患者様の年齢や胚盤胞になるまでの時間、細胞の状態などの情報を考慮して凍結を行っています。

卵のグレードとは?

受精後に分割が進んだ胚の状態を一定のルールにより評価したものをグレードと言います。グレードが良いほど妊娠率が高くなる傾向にあります。胚の成長具合によってグレードのつけ方は異なり、分割卵(受精してから2-3日目)ではVeeck分類、胚盤胞(4-7日目)ではGardner分類などが有名です。
当院においては、分割卵はVeeck分類に基づき5段階で形態的に評価しています。
また胚盤胞はGardner分類で形態的評価を行ったうえで、成長速度や年齢などの要因を加味した当院独自のグレードを算出しています。

Veeck分類とは Gardner分類とは

ピエゾICSIとは

通常の顕微授精(ICSI)では先端のとがった針を卵細胞質に差し込み、吸引することで表面の膜を破って穴を開け精子を注入しますが、ピエゾICSIでは先端の平らな針を使用し、特殊な装置の振動(パルス)を与えることで表面の膜に穴を開けていきます。そのため通常ICSIより卵子に与える刺激が少ないため、変性しやすいと思われる卵子に対して行うことがあります。

ピエゾICSIとは

不連続密度勾配遠心法による精子選別

射出後の精液には細菌や精子以外の細胞などが含まれています。自然妊娠では精子が女性の体内で頸管粘液を通過する間に細菌や異物は除去されますが、体外受精では人工的に処理を行って異物を取り除く必要があります。
採精後の精液は、カクテルのように何層も積まれた濃度(比重)の違う溶液とともに遠心分離にかけられます。遠心分離を行うと密度の高いものほど下に落ちるので、この性質を利用して良好な精子(密度が高いので一番下にたまります)と奇形精子や異物など(密度が低めなので上に残ります)を分離します。さらに一番下に集まった良好精子のみを洗浄液で再度遠心分離を行い、きれいになった状態で受精に用いています。

不連続密度勾配遠心法による精子選別

WHOの精液基準値

液量 濃度 運動率 正常形態精子率
1.4ml以上 1600万個/ml以上 42%以上 4%以上

上の表はWHOが定める精液検査の最低基準値です。この基準値を大きく外れると顕微授精になる可能性が高くなります。正常形態精子率は加齢に伴い低くなっていく傾向はありますが、あまり大きく変動することはありません。精子濃度や運動率は、体調などによって変動が起きやすいと言われています。なお射精の間隔が長すぎると、精子が古くなっていくため運動率が低下したり、精子の質が落ちる可能性があります。逆に短すぎると濃度が回復しない可能性があります。WHOのガイドラインによると、適切な禁欲期間は3-7日と言われています。

当日採精した精子と凍結精子の違いについて

採卵当日にご夫婦で来院し院内での採精が可能な場合や、自宅で採精した精子を短時間で持ち込める場合は、当日採精した精子を優先的に使用します。当日採精が難しい方は、あらかじめ来院し凍結しておいた精子を使用することができます。
凍結精子は融解後の運動率は凍結前より低下しますが、正常形態精子率が減ったり染色体の異常が増えるということはありません。長期間の保存による劣化もありません。

※持ち込みと院内採精の差について
採精から精子調整までの時間が長くなるほど精子の運動率が落ちる可能性があります。そのため、持ち込む場合は採精後2時間以内の来院を推奨しています。また、もともと精子の濃度や運動率が低い方は、なるべく院内採精していただくことをお勧めしています。

インキュベーターについて

インキュベーターとは本来体内で成長する卵を体外で培養するために、温度・湿度・気相(酸素、窒素、二酸化炭素の割合)などを体内の環境に近づけ、最適な状態に保てるようにした装置(培養器)です。
種類としては、加湿型インキュベーターとドライ(無加湿型)インキュベーター、また最新鋭のタイムラプスインキュベーターがあります。加湿型インキュベーターはウォータージャケットが装備された大容量で大型のものも保温可能です。ドライ(無加湿型)インキュベーターは個室型で個別培養が可能です。タイムラプスインキュベーターはさらにカメラを搭載し扉を開閉することなく胚を観察することができます。
培養液や調整後の精子、採卵直後の卵子の一時保管は加湿型インキュベーターで行い、受精後の胚の培養は環境変化が少なく撮影可能なタイムラプスインキュベーターで行うなど、用途に応じて使い分けています。

加湿型インキュベーターとタイムラプスインキュベーター

当院のICSIについて

当院のICSIについてICSIにおいて、良好な精子を選ぶことは受精率を向上させるにあたって大変重要なことです。一般的には精子を選ぶ際に、粘性があり精子の動きを遅くするPVP溶液を使用することが多いですが、添加することで精子を捕まえやすくなる一方、自然な動きが観察しにくくなります。そこで当院ではPVP溶液を使用せず、必要最低限の培養液のみ使用し、より自然に近い状態で精子を観察し選んでいます。精製処理後の精子はかなり早いスピードで泳いでいるので、何千といる精子の中から良好形態のものを選び捕まえるには充分なトレーニングが必要です。
また精子選別時において、通常は400倍で形態観察するところ、当院では600-1000倍の倍率で観察しているため、より精子を厳選することが可能になります(IMSI)。
当院では半数以上の培養士が高い技術に基づいたICSIを行うことができ、受精率の向上のために日々様々な工夫を行っています。

顕微鏡の種類

顕微鏡には様々な種類がありますが、培養室で使用している顕微鏡は主に以下の3種類があります。

実体顕微鏡
実体顕微鏡

数cmから数mmの比較的大き目の対象を観察するときに使われます。
ルーペの顕微鏡バージョンといった感じで、上のハンドルで顕微鏡自体を上下させ、手元を拡大しながら作業ができるため、採卵ではこの顕微鏡を使用して卵胞液内の卵子を探しています。

生物顕微鏡
生物顕微鏡

数mmから数µmの対象を観察するときに使われます。
一般的に顕微鏡といえばこのタイプを思い浮かべるのではないでしょうか。
対物レンズはステージの上側についており、スライドガラス上の標本を観察するときなどに使います。上部の対物レンズを切り替えることで様々な倍率で対象を観察できます。当院では主に精子の形態や動きを観察するときに使用しています。

倒立顕微鏡
倒立顕微鏡

数mmから数µmの対象を観察するときに使われます。
対物レンズはステージの下側についており、立体的なものをステージに乗せて観察することが可能です。さらに上部のアームに針などのパーツを取り付け、手元のジョイスティックを操ることで、胚を操作することもできます。
顕微授精など、細かい作業をする際になくてはならない顕微鏡です。

AIと不妊治療について

最近は不妊治療でもAI(人工知能)を活用することがあります。
胚を培養する際、タイムラプスインキュベーターを使うことにより、従来に比べて胚の成長過程をかなり詳しく見ることができるようになりましたが、この装置にAIを搭載することで、人間が見ただけではわからないような胚の成長記録からスコアを付けることも可能です。
スコアが高くなるにつれ、移植後の妊娠率も向上するという結果に基づき、複数胚がある際により移植に適した胚を選択できるようになりました。
当院では、経験豊富な培養士の判断にさらにAIを加えることで、より細かく胚の評価を行っています。

TQM(Total Quality Management:全体品質管理)のぺージ

体外受精やICSIの受精率、分割率、凍結率など、日々の成績を管理することは業務のクオリティを保つうえで非常に重要なことです。一回一回の成績だけでなく、全てのデータを長期的に管理することで培養室全体のクオリティの底上げにつながります。
例えばヨーロッパ生殖医学会では、KPI(Key Performance Indicator)という正常受精率、変性率などの達成値(到達すべき値)と目標値(目指すべき値)が公表されています。私たちはこのKPIの目標値などを参考に、目標値を下回った際や、目立ったデータの変動が見られた場合にはすぐに要因を考察し対策を行っています。より安定した体外受精の成績を目指し、患者様の大切な卵を結果に結びつけるためにもデータ収集は欠かせないのです。